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弁護士 佐野知子がコラム「高額年俸と定額残業制」を投稿しました

2017年12月22日

高額年俸と定額残業制

1.はじめに

平成29年も重要な最高裁判例が複数出ていますが,労働法の分野で注目すべきものとして,平成29年7月7日最高裁判決(平成28年(受)第222号)があります。

この事案は,年俸1700万円を受け取っていた医師が,勤務先の医療法人に対し残業代の支払いを求めたものですが,この医師と医療法人の間には一定時間の時間外労働に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意があり,医療法人は医師が未払いを主張する残業代は全て支払済みであるとして,請求の棄却を求めました。第一審,控訴審ともに,医師の請求を棄却しましたが,最高裁は,一転,医師の請求を認め,原判決を破棄,差戻しとしました。この判決は大変注目を浴び,厚労省も,平成29年7月31日に発令した通達の中で,この判決を引用し,広く注意を喚起しています。

 

2.雇用契約の内容

では,この医師の労働条件を少し詳しく見てみましょう。

医師の年俸は1700万円,勤務時間は午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)の8時間,但し,業務上の必要がある場合にはこれ以外の時間帯でも勤務しなければならず,その場合,時間外手当の対象となる勤務時間は,午後9時から翌日の午前8時30分までの間及び休日に発生する緊急業務に要した時間のみで,それ以外の時間外勤務に対する時間外手当は,年俸1700万円に含まれているとされていました。

 

3.いわゆる定額残業代の問題

本件のように,一定時間分までの時間外労働等に対する割増賃金として定額を基本給等に含めて支払う手法は,「固定残業代制度」あるいは「定額残業代制度」などの名称で,様々な企業で採用されています。

最高裁も,これまで多くの判例で,こういった手法による割増賃金の支払いを認めてきましたが,同時に,このような手法で残業代を支払うときには,労働基準法37条の基準を満たしているかが明らかになるよう,通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とが,明確に「判別」できることを強く求めています。本件でも,この「判別」が重要な争点の1つであったと言えるでしょう。

 

4.争点に対する原審と最高裁の考え方

本件で医師は,自身の給与のうち,どの部分が割増賃金にあたるのか「判別」ができないから,残業代が支払われたとは言えないと訴えましたが,原審は,医師という業務の特質性や裁量の広さ,年俸が高額であったことを重視して,月額給与のうち割増賃金にあたる部分を「判別」ができないからといって不都合はないとし,医師の請求を退けました。

これに対し最高裁は,「判別」について厳しい態度を示して,医師の主張を認めました。判旨は概ね以下の通りです。

使用者が労働基準法37条に定める割増賃金を支払ったか否かを判断するためには,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,同法等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ,割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合は,上記の検討の前提として,労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが判別できなければならない。しかし,本件では,時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされておらず,そうすると,医師に支払われた賃金のうち,割増賃金として支払われた金額を確定することすらできないのであり,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。したがって,医師に対する年俸の支払いにより,割増賃金が支払われたということはできない。

 

5.本件判決の意味

この最高裁判決は,時間外手当の支払いに関するこれまでの最高裁の立場に則ったものであり,判例変更に該当するものではありません。しかし,ある程度の裁量があり,また,高額な年棒を得ているようなケースでも,厳格に「判別」を求めるという裁判所の立場を,より鮮明にしたものといえます。

労働にはきちんと対価を支払わなければならない,そして,その支払いのルールは明確でなければならない。定額残業制を採用する場合,企業は,固定(定額)残業代を除いた基本給の額を明示し,かつ固定(定額)残業代に関する労働時間と金額等の計算方法を明示する,そして,固定残業時間を超える時間外労働等については割増賃金を追加で支払う。

逆に言えば,このルールをしっかり守っていれば,この紛争は避けられたと言えます。この判決は,企業側に,就業規則や給与規定の今一度の確認を迫ったものといえるでしょう。

以上

(文責 弁護士 佐野知子)

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