近時,名古屋高等裁判所が,弁護士会照会に関する重要な判決(平成29年6月30日・金融・商事判例1523号20頁)を言い渡しましたので,ご紹介します。
弁護士会照会とは,弁護士法23条の2第2項が定める弁護士会が公務所又は公私の団体に対して「必要な事項の報告を求めることができる」制度です(23条照会ともいいます)。
具体的には,弁護士が照会を求める事項,理由などを記載した申出書を所属する弁護士会に提出し,弁護士会で必要性・相当性を審査した上で,公私の団体に書面で照会を求めることができます。
民事裁判では勝訴判決を得ても,相手が所有する財産を強制執行によってお金に換えられなければ,判決は紙切れに過ぎません。
強制執行をするためには,債権者が債務者の財産を特定する必要があり,例えば,預金を差し押さえるために,金融機関に預金の有無・残高を調査する際に,弁護士会照会を利用することがあります。
そのため,弁護士会照会は強制執行に必要な情報を得る手段として,極めて重要な意義を有しているといえます。
もっとも,弁護士会照会の報告義務も無制約ではなく,「正当な理由」があるときは報告を拒絶することが許されるとするのが従来の裁判例の立場です。これは,公私の団体が弁護士会照会に応じて報告をする際は,他の利益または法益(個人の名誉やプライバシー,公務員等の秘密保持義務,捜査の密行性等)と衝突する可能性があるためです。
その結果,秘密保持義務や個人情報等を根拠に一律に回答を拒否する公私の団体が出現し,債権者は強制執行に必要な情報が得られず,権利が実現できないという重大な不利益を被ることがありました。
そこで,弁護士会照会の報告義務の範囲,報告を拒否された場合の法的措置については,従来から解釈に争いがあり,様々な裁判例がありました。
例えば,私が原告代理人を務めた裁判(東京地方裁判所平成24年11月26日・NBL996号36頁)では,債権者が,強制執行のため,預金口座の有無等の照会を拒否した金融機関に対し,弁護士会に報告する義務があることの確認請求をしたところ,報告義務確認請求を認容する初めての判決が言い渡されましたが,控訴審(東京高等裁判所平成25年4月11日・金融法務事情1988号114頁)では,弁護士会照会の主体は弁護士会であり,債権者自身は弁護士会照会の報告義務の確認を求める利益はないとして,同請求は却下されました。
このような状況において,上記名古屋高裁平成29年6月30日判決は,債権者が強制執行の準備のため,債務者の転居届記載の新住所等について日本郵便株式会社に弁護士会照会を求めたところ,同社が報告を拒否したため,愛知県弁護士会が原告となり,同社に報告義務が存在することの確認請求をした事案において,
①弁護士会が当事者として報告義務の確認請求訴訟を提起できる
②弁護士会照会には正当な理由がない限り,報告する法的義務がある
旨判示しました。
上記判決は,「報告義務の存否(拒絶する正当な理由の有無)に関し,弁護士会と照会先の判断が食い違った場合でも,常に照会先の判断が優先されるならば,結局のところ,23条照会に対する報告の拒絶を自由に許す結果を招くことになり,我が国の司法制度の円滑かつ適正な運営に寄与している23条照会制度がその使命を果たすことは困難となる…23条照会制度の使命を実現することができるか否かについては,(弁護士会は)制度の存続にもかかわる重大な利害関係を有しているといえる…弁護士会が23条照会制度を適正かつ円滑に運営し,その実効性を確保することは,法的に保護された弁護士会固有の利益であるということができるとともに,報告義務の存否(拒絶する正当な理由の有無)に関し,弁護士会と照会先の判断が食い違った場合には,司法判断により紛争解決を図るのが相当である」と述べ,また,「23条照会を受けた公務所又は公私の団体は,照会事項を報告すべき法的義務がある…23条照会を受けた者に報告をしないことについて正当な理由があるときは,照会先は,その全部又は一部について報告を拒絶することが許される」と判示した上で,報告を受ける利益と報告することによる不利益を比較衡量した結果,「転居届の有無及び届出年月日並びに転居届記載の新住所」については「強制執行手続(動産執行)をするに当たり,これを知る必要性が高い」旨判示し,弁護士会照会の報告義務が郵便法上の守秘義務に優越する旨判示しました。
上記判決は,弁護士会照会には原則として法的な報告義務があること,正当の理由のない報告拒否については,弁護士会が報告義務の確認請求訴訟を提起することで法的救済を受けられることを示した点で実務に重要な影響があります。上記判決により,今後はより多くの団体が弁護士会照会に応じて任意に報告することが期待できます。
もっとも,上記判決の控訴審に差し戻し審理を命じた最高裁平成28年10月18日付判決(裁判所HP)は,報告を拒否した場合でも,弁護士会に対する不法行為は成立しない旨判示していること,全国で年間約17万件の弁護士会照会がなされているところ(平成27年弁護士白書),報告拒否がなされるたびに弁護士会が訴訟を提起することは現実的でないことから,上記判決により,弁護士会照会の実効性が十分に確保されたかという点には疑問が残ります。
ただし,弁護士会と大手金融機関との間でも弁護士会照会に関する協議は進んでおり,確定判決など強制執行を可能とする債務名義が存在することを条件として,三井住友銀行が平成26年7月から大阪弁護士会との間で協定を締結し,債務名義に表示された債務者に係る預金口座の有無等についての全店照会に回答する運用を開始しました。これを皮切りに,現在(平成30年1月31日時点)では,上記運用が大手メガバンク三行(三井住友銀行,三菱東京UFJ銀行,みずほ銀行)及びゆうちょ銀行にも拡大しており,預貯金の照会については報告義務違反の事例は減少しているものと思われます。
これに加えて,平成29年6月には,法務省が民事執行法の改正に関する中間試案を公表し,勝訴判決等を得た債権者が強制執行のために債務者財産の状況を把握する「財産開示制度」を拡充するとともに,第三者(金融機関,勤務先等)から債務者情報(預貯金,給与等)を取得する新制度の創設も検討されています。
このように,今後は弁護士会照会制度の適正な運用,報告拒否に対する司法的救済,金融機関の協力的な運用,民事執行法改正等により民事執行制度の実効性が高まることが予想されます。その結果,これまで勝訴判決等を得ても,債務者財産の状況が把握できなかったため,泣き寝入りしていた債権者の権利が強制執行によって実現できるケースも増えることが期待されます。
(文責 弁護士 渡邉 迅)