近時,大学教員の成績評価に対する制限に関して注目すべき判決が出されました(大阪高判平成28・3・22)。なお,同判決に対しては上告がなされていますが,上告は棄却され同判決の結論が確定しています。
ある大学において,4年生の学生は1年間特定の研究室に配属されて卒業研究を行うこととされており,卒業研究の単位を修得することは,本件大学を卒業するための要件となっていました。
卒業研究については,学生の配属先の研究室を主催する教授が指導担当教員となり,成績評価を行う運用とされていました。
学生Aは,B教授の主催する研究室に配属されましたが,B教授は,学生Aにつき,卒業研究の単位を与えることはできないと判断し,卒業研究発表会には参加させないという方針を決めました。
これを知った学生Aは当該学部に所属する他の准教授に対し,B教授研究室に所属した間,B教授から不適切な言動,指導等を受けた旨記載した書面を提出しました。
B教授には,その言動,指導等について,過去に複数の苦情を受けたという事実があったところ,学生Aが訴える内容も,B教授から高圧的な発言をされるなどして,精神的苦痛を感じたというものであり,過去にされた苦情と同種のものであり,B教授によるハラスメントが存在する,また存在する可能性が高く,かかるハラスメントの一環として単位認定が不公正になされている可能性があると判断されました。
そこで当該学部の学部長は,当該学部に所属する教員らで構成する教授会に対し,学生Aを卒業させる方向で検討するように伝えました。
これを受けて臨時の教授会が開催され,学生Aの指導担当教員を他の教員に変更することが決議されました。
そして,学部長は学生Aの指導担当教員を変更する旨決定しました。
これを受け,B教授は自身の成績評価権を侵害されたなどとして,学部長に対しては民法709条に基づき,学校法人に対しては民法715条に基づき損害賠償等を求めました。
なお学校法人における規定では,学部長は,所属教職員を統括し,学部に関する業務を管理すると定められ,さらに学生の教育に関する事項,学生の資格認定に関する事項等を処理すると定められており,さらに学則では,教授会の議決事項として,教育及び研究に関する事項,授業科目に関する事項等が定められていました。
教授による単位認定に関する制限の可否について
以上の注目すべき論点について裁判所は以下のような判断枠組みを示しています。
判決要旨(判断枠組)
大学において教授その他の研究者がその専門の研究結果を教授する自由は,これを保障されると解するのが相当であるところ,学生に対する研究結果の教授が,通常,当該学生に対する成績評価を伴うものと解されることに照らせば,大学教員が成績評価を行う権利又は利益は,大学における教授の自由と密接な関係を有するものといえる。
もっとも,学生に対する成績評価を行うことは,専門の研究結果を教授することの不可欠な内容を構成するものとまではいえず,教授に伴って付随的に生ずるものというべきであるから,成績評価を行う権利又は利益は,教授の自由とは保障される程度が異なると解さざるを得ない。
他方,学校法人は,学生と在学契約を締結しており,学生に対して適切な教育を行う義務を負うものである上,大学には,組織体として自主的な秩序維持の権能を認める必要がある。
これらに照らすと,指導担当教員に成績評価を行う権利又は利益が認められるとしても,それは当該教員の学生に対する指導状況,当該教員が所属する学部の有する秩序維持の権能を行使する必要性等の観点から,合理的な制約を受けるものと解さざるを得ない。
よって,B教授を指導担当から外すという人事権の行使に逸脱,濫用が認められるか否かという枠組みにより判断すべきであり,その判断に当たっては,担当教員を変更した措置の必要性及び目的,B教授が受ける不利益等の諸事情を総合考慮するのが相当である。
以上の論点に対する判断枠組みを設定した上で,本件事案の結論を具体的に以下のように導いています。
判決要旨(あてはめ)
(1)必要性
ハラスメントを訴えていた学生Aの成績評価を行い,不合格の評価を与えるとすれば,B教授がハラスメントの一環として学生Aに不公正な成績評価を行ったのではないかという疑念を抱かれかねず,ひいては大学における成績評価の公正性に対する信頼を失わせしめる事態も生じかねないから,学生Aの指導担当教員を他の教員に変更すべき必要性があったものと認められる。
(2)目的
学生Aを卒業させることにより,学生Aから訴訟を提起されることを回避し,事態を円満に収束させようとする意図があったことがうかがわれるもののハラスメントを訴えている学生AとB教授との間の紛争を円満に収束させようとしたことは,あながち不合理な判断であったとまではいえず,不当な目的に基づくものであると認めることはできない。
(3)B教授が受ける不利益
大学教員が学生に対する成績評価を行うことは,専門の研究結果を教授することの不可欠な要素を構成するものとまではいえず,教授に伴って付
随的に生ずるものというべきであるから,成績評価を行う権利又は利益が侵害されたとしても,大学における教授の自由が侵害されたことと同程度とまで考えることはできず,B教授が受ける不利益は大きくない。
(4)その他
B教授には教授会において意見を述べる機会が与えられ一定の適正手続きがとられていた。
(5)結論
B教授の成績認定評価を制限した学部長の措置は相当であって違法性はない。
大学教員は憲法において教授の自由が保障されていると解されており,成績認定評価を行うこともかかる教授の自由から派生した権利又は利益として一定の保障がなされていると解されています。
しかし,かかる成績認定評価を行う権利又は利益も絶対無制約ではなく,学生の学問の自由を守り,良好な教育サービスを提供するためにも一定の制約が認められることを今回の裁判例は示しています。
むしろ,そのような制約を行い,良好な教育サービスを提供することは学校法人としては在学契約上の義務であると考えることも出来るでしょう。
本件のように,学校法人が対学生,対教員というそれぞれの権利利益を考慮しながら適切な判断・措置を下さなければならない場合があります。
かかる判断には高度な教育的判断能力を要するとともに,高度な法的判断能力も必要と言えるでしょう。
よって,そのような時は,事案の当初から学校法務の専門家とタッグを組み,情報共有,意見交換を行いながら解決にあたるのが適切といえるでしょう。
(文責 弁護士 今津 行雄)