東芝の「圧力問題」について
1.はじめに
今回のコラムでは,2020年7月の東芝の株主総会(以下「7月総会」)において,東芝役員と経産省が共同して,改正外為法の趣旨を逸脱する目的で外国投資家の株主に対し,不当に株主提案権等の行使を制約する圧力をかけたとされる「圧力問題」を取り上げます。
この問題については,2021年6月と11月に2つの調査報告書が,同年12月に再発防止の提言が公表されましたので,その概要を紹介いたします。
2.2021年6月10日付調査報告書
7月総会が公正に運営されたか否かを調査するために会社法316条2項の調査者として選任された弁護士らが作成した上記報告書は,「東芝は・・・経産省商務情報政策局ルートといわば一体となって」,「株主であるエフィッシモ,3D,及びHMCに対し,不当な影響を与えることにより本定時株主にかかる株主の提案権や議決権の行使を事実上妨げようと画策したものと認められ」,「本定時株主総会が公正に運営されたものとはいえない」と判断しました。
2019年11月に改正された外為法は,外国投資家が指定業種の企業に自己又は密接関係者を役員に選任する議案に同意する場合にも,国の安全保障等の観点から,財務省及び所轄庁(東芝の場合は経産省)への事前届・審査を義務付けており,審査の結果,財務大臣及び事業所管大臣は,中止・変更等を命じることが出来るようになりました。
そのため,東芝役員は,経産省と一体となって,国の外為法上の権限発動を背景として,外国投資家に対し,会社提案に反する内容の役員選任に係る株主提案を取り下げさせる目的で交渉を行ったという背景があります。
もっとも,上記報告書は,あくまで株主総会が公正に運営されたか否かの調査にとどまるため,役員の行為の違法性の有無等について,別の弁護士らによる以下の調査が行われました。
3.2021年11月12日付ガバナンス強化委員会調査報告書
上記調査報告書は,①東芝役員の善管注意義務違反(違法性)の有無,②東芝役員の対応が「市場が求める企業倫理」に違反したといえるか,及び③真因究明等について,以下のとおり認定しました。
(1)違法性の有無
ア 結論
東芝の執行役 2 名が経産省と共同して議決権等の行使を制約する違法
な働きかけを行ったとはいえない。
イ 理由
・東芝役員らの対応が違法であるというためには,経産省K1 課長の行為に違法性が認められることが前提であるところ,K1課長のエフィッシモ等への働きかけの「目的」は経済安全保障等の行政目的であり,「行為態様」も所掌事務の範囲で裁量の逸脱はない(経産省職員の行為に違法性はない)。
・会社提案が可決されるよう,反対株主の株主提案を取り下げさせるよう動くことは会社役員の職務の一環で,行政庁に協力を求めても裁量逸脱ではない(東芝役員の行為にも違法性はない)。
(2)企業倫理違反の有無
ア 結論
違法ではないとしても「市場が求める企業倫理」に反する。
イ 理由
・行政庁に頼りすぎた株主対応,過剰な情報・意見の交換,密室的な交渉態様であり,行政行為を利用する意図があったことも踏まえると,株主対応の公平性,透明性に疑義が生じる。
・執行役2名の株主対応の方針にCEOも主体的に関与していた。
・CGコード補充原則 1-1(3)の原則の精神(「上場会社は,株主の権利の重要性を踏まえ,その権利行使を事実上妨げることのないよう配慮すべき」という原則)に照らしても,相当性に疑義がある。
(3)真因究明
東芝には,以下のようなコーポレートガバナンス上の問題があった。
①外国投資ファンドに対する一面的な見方・対話の軽視
②経産省への過度な依存を当然視する企業風土
③CEO主体の執行部内の方針が取締役会に報告されず,執行役から取締役会へ上げられる議題設定及び報告が不十分
4.2021 年 12 月 16 日付再発防止策
上記調査報告を受けて,東芝は以下の再発防止策を公表しました(一部省略)。
(1)外国投資ファンド等の株主に対する建設的な対話による理解を得る努力
(2)行政庁への過度に依存する体質の改善
①行政庁と接触する場合の行動指針を定める。
②行政庁との接触した場合,その概要を記録・保存する。
③取締役及び監査委員会・内部監査部は上記記録を閲覧できる。
(3)コーポレートガバナンスの再構築
①社長・取締役会議長の選任
・社長・会長に対する信任調査を実施し,調査結果は指名委員会及び取締役会に共有する。
②取締役会の構成
・スキルマトリックス項目に留意し,多様性を確保する。
③取締役会の運営
・執行役に対する監督機能を強化するため,取締役会の議題・運営等について,取締役会議長及び取締役会事務局と協議する機会を設ける。
・取締役会事務局は,具体的な取締役会決議事項・報告事項に該当しない事項であっても,経営上重要な事項について広く取締役会への上程の適否を取締役会議長らと協議する。
④各委員会の事務局等の強化
・社外アドバイザー等を起用することを含め,指名委員会等の各委員会事務局のリソースを強化する。
・監査委員会室と内部監査部の人員を増強し,両部門が連携する。
⑤社外取締役のみの取締役評議会等
・執行側から独立した法務その他アドバイザーを選任できる。
⑥取締役会及び各委員会の実効性評価
・第三者による年1回の実効性評価を行う。
・取締役会事務局が監査委員と協議の上,第三者評価者を選定する。
・実効性評価の結果概要は,CG報告書にて公表する。
5.最後に
当時,指名委員会等設置会社であり,取締役 12 名中 10 名が社外取締役,4名が外国投資家推薦の外国籍取締役であったことから,取締役会の独立性,多様性を確保した「ガバナンス先進企業」と評価されていた東芝において,「圧力問題」が生じたことに驚きを覚えた関係者も少なくありませんでした。
しかし,いかに先端的な会社形態を採用し,多様かつ有能な社外取締役をそろえたとしても,CEO を中心とする執行役らがその方針を取締役会に報告しなければ,そのガバナンスは画餅に過ぎないことを「圧力問題」は明らかにしたといえます。
そのため,コーポレートガバナンスの再構築という観点からは,取締役会事務局が,取締役会にいかなる情報・資料を取捨選択して提供するか,また,その取捨選択の適否について第三者が実効性を評価する仕組みをどのように構築するかが極めて重要であり,今後の東芝の取り組みに注目していきたいと思います。
以 上
(文責 弁護士 渡邉 迅)