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弁護士池田千絵が「育児休業後の契約変更(無期労働契約→有期労働契約) ~「不利益取扱い」となるか,最新判例を踏まえて~」について投稿しました

2021年5月21日

育児休業後の契約変更(無期労働契約→有期労働契約)
~「不利益取扱い」となるか,最新判例を踏まえて~
 

産休や育休にまつわる法律相談は次々後を絶ちませんが,育休後の契約変更は,どのような場合に「不利益取扱い」として許されないことになるのでしょうか。判断基準についての認識を深めるため,2つの最新判例をご紹介します。
 

★ジャパンビジネスラボ事件(令和元年11月28日東京高裁判決)
~育休取得後の無期契約から有期契約への変更,その後の雇止めが「有効」とされた例

 
1 事案
語学スクールの運営等を目的とする株式会社Bにおいて,無期契約であったAが育休を取得し,育休期間満了にあたり,AB間で契約期間1年の有期契約を締結し(以下「本件合意」),その後,Aが契約期間満了で雇止めされたことについて,

①無期契約への復帰合意等を理由とする無期契約の存続の有無

②有期契約の雇止めの有効性

③BがAを無期契約に戻すことを拒否したこと等についてAに慰謝料が生じるか

④Aが本件に関する記者会見をしたことがBに対する名誉毀損となるか

が争われました。

 
2 判決

この事案で東京高裁は,

①無期契約は終了し存続していない

②有期契約の雇止めは有効である

③Aに5万5000円の慰謝料が発生

④Bに55万円の慰謝料が発生,と認定しました。

 
3 判断の理由

1審判決では,

①本件合意によって無期契約は解約されたものの,

②雇止めは,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められず「無効」とし,

③Aに110万円の慰謝料を認め,

④Bの慰謝料は認めない,とされていました。

 
これに対し,東京高裁は,まず,

無期契約の存続の有無につき,1審判決同様,無期契約は終了したと判断しました。

すなわち,無期契約である正社員と有期契約である契約社員とでは,契約期間の有無,

勤務日数,所定労働時間,賃金構成,就業規則,業務内容(最低限担当するコマ数の有無,リーダーの役割の有無)が相違することから,一時的に労働条件の一部を変更するものとは言えず,Aは雇用形態として選択対象とされていた中から正社員でなく契約社員を選択しBと合意したので(本件合意),無期契約はABの合意で解約されたとしたのです。

<Aの言い分>
(1)本件合意は均等法や育介法に違反する等の主張 Aは,本件合意が均等法や育介法に違反し無効である旨主張しました。

しかし,Aは,Bから雇用形態の説明を受け,自身の状況を踏まえ,自ら契約社員としての復職を求めた

もので,本件合意にはAの自由な意思に基づいてしたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在し,本件合意は,均等法9条3項や育介法10条の「不利益取扱い」に当たらないと判断されました。

(2)本件合意は停止条件付き無期契約の締結を含むとの主張

また,Aは,本件合意が,Aにおいて正社員への復帰を希望することを停止条件とする無期契約の締結を含むと主張しました。

しかし,契約書にAからの申出により無期契約へ変更する旨の記載はなく,正社員と契約社員の業務内容や役割等に相当大きな差異がありBの評価や判断を抜きに社員の一存で正社員への変更が可能と解する余地はないとして,Aの主張は認められませんでした。

 
続いて,東京高裁は,

雇止めの有効性につき,1審判決と異なり,雇止めを「有効」と判断しました。 その理由について概要次のように述べています。

(前提)本件有期契約は,契約書に記載されているように,1年という契約期間の定めはあるが,将来,正社員として稼働する環境が整い,本人が希望する場合Bとの合意によって正社員への契約を再締結するものとされ,例として「入社時:正社員→(育休)→育休明け:契約社員→(子が就学)→正社員へ再変更」が挙げられている。このような想定からすれば,労働者において,契約期間満了時に契約は更新されると期待することについて合理的な理由はある。

(本件)Aは,録音の禁止を命じられたにもかかわらず,あえてこれに従うことなく,執務室内における録音を止めなかったのみならず,執務室内における録音をしない旨を約する確認書を自ら提出したにもかかわらずこれを破棄して録音をしたのであるから,Aの行為は,服務規律に反し,円滑な業務に支障を与えるというべきである。 これに対し,Aは,業務改善指導書等を交付されるなどしてBから不当な攻撃を受けたことから,自己の権利を守るために録音したとか,組合に伝えるために録音した等と弁解するが,組合に伝達するためであれば,メモ書でも足り,録音の必要性はなく,結局,関係者らの発言を秘密裏に録音し,そのデータをマスコミ関係者らに手渡していたので

あり,録音を正当化するような事情はない。さらに,Aは,多数回にわたり,勤務時間内に,Bから業務上使用が許されていたパソコン及びメールアドレスを私的に利用しており,職務専念義務違反があったと認められる。 少なくとも,Aの上記一連の行為のみをもってしても,Bとの信頼関係を破壊する行為に終始し,かつ反省の念を示しているものでもないから,雇用の継続を期待できない十分な事由があるものと認められる。したがって,本件雇止めは,客観的に合理的な理由を有し,社会通念上相当であるというべきである。

 
* このように東京高裁は,まず,Aが育休取得後に自らの希望により無期契約から有期契約に変更したことを有効と認定し,その有期契約の更新に対する期待には合理的理由があることを認めた上で,なお,服務規律違反及び職務専念義務違反等の非違行為を理由になされたものとして,雇止めを「有効」と判断しています。

同判例は,育休明けであっても,本人が任意に自由な意思によって契約変更を求めたことが明らかであれば,無期契約から有期契約への変更は有効であり,また,育休明けであることそのものとは別の合理的理由があれば,本件のように育休を契機とした締結された有期契約における雇止めも有効に認められうることを示した先例と言えます。

 
そして,東京高裁は,

③Aの慰謝料については,Bが,Aにメールを送信した社外の第三者らに対し,Aは就業規則違反と情報漏洩のため自宅待機処分となった旨メール送信したことはAのプライバシーを侵害すると認めたものの,この点を除くAの主張(正社員から契約社員への契約変更を強要し,無期契約に戻すことの拒否した挙句,雇止めをしたこと等)は違法行為とは認められないとしました。

④Bの慰謝料については,Aの記者会見により,Aは育休取得後に契約社員への変更を迫られ人格を否定された,会社代表から「あなたは危険人物です」と発言された等の報道がなされたが,これは,Bの社会的評価を低下させるもので,真実又は真実であると信ずるについて相当の理由があるとも言えないとし,Aに慰謝料55万円の賠償責任があるとしました。

 
★フードシステム事件(平成30年7月5日東京地裁判決)

~育休取得後の無期契約から有期契約への変更,その後の雇止めが「無効」とされた例

1 事案

被告会社Dに期間の定めなく雇用され,事務統括という役職にあったCが,自身の妊娠,出産を契機に,意に反する降格や退職強要等を受けた上,有期契約への転換を強いられ,最終的に解雇されたことについて,降格,有期雇用契約への転換及び解雇(以下「解雇等」)が無効であるかが争われました。

 
2 判決

判決では,

① 無期から有期への契約変更とそれに伴う降格は無効である

② 解雇は無効である

③ ①②等について債務不履行ないし不法行為と認められ,降格前の地位に基づく手当の不支給分,慰謝料50万円が発生,と認められました。

 
3 判断の理由

①について

Cは育児のため時短勤務を希望したところ,Dの従業員から,勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと言われ,パート契約書に署名押印したところ,事業者は,育児のための所定労働時間の短縮措置を講じなければならず(育児休業法23条),本件パート契約は,労働者が同条の申出をしたことを理由に解雇その他不利益な取扱いをしてはならないことを定めた同法23条の2に違反し,無効とされました。

(前提)当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更した場合,直ちに違法,無効とはいえないが,労働者が使用者に使用されその指揮命令に服すべき立場に置かれ,当該合意は,もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも一致しない場面での労働者と使用者の合意で,かつ,労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力に限界があることに照らせば,当該合意の成立及び有効性の判断は慎重にされるべきであり,上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効というには,当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様,当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し,当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要である。
(本件)無期契約から有期契約への変更は長期間の安定的稼働という観点からCに相当の不利益を与えること,賞与の支給がなくなり,従前の職位(事務統括)に任用されなかったことで,経済的にも相当の不利益変更であること,産休前の面談時も含めDの経営状況を詳しく説明されたことはなく,勤務時間を短くするにはパート社員になるしかないと説明され,嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をされなかったものの,実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと,パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生ずることについて十分な説明があったと認めるに足りる証拠はないことなどの事情を総合考慮すると,パート契約がCの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできない。しかも,DがCとの間で同契約を締結したことは,育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認めるのが相当である。 したがって,原告と被告会社との間で締結した前記パート契約は,同法23条の2に違反し無効というべきである。

 
②について Cは,期間の定めのない事務統括たる嘱託社員としての地位を有していたというべきで,DのCに対する雇用契約関係終了の通知は,雇止め通知ではなく,解雇の意思表示であると認められるところ,D主張の解雇事由であるCが殊更Dを批判して他の従業員を退職させたことを認めるに足りる証拠はないこと等から,Dによる解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから,労働契約法16条により無効とされました。

 
③について

嘱託社員のままで時短勤務が可能であったにもかかわらず,パート契約でなければ時短勤務はできない旨の説明をした上で,Cの真に自由な意思に基づかずパートタイム契約を締結させ,事務統括から事実上降格したことは,育休法23条の2が禁止する不利益取扱いに当たり,不利益の内容や違法性の程度等に照らし,不法行為を構成する, 次に,多くの従業員が出席し,Cも議事録係として出席した定例会において,Cが退職する旨発表したことは, Cに対して退職を強要する意図をもってしたものであると認められるから,妊娠出産に関する事由による不利益取扱いの禁止を定める男女雇用機会均等法9条3項に違反する違法な行為であり,不利益の内容や違法性の程度等に照らし,不法行為を構成する, 更にDによる解雇は無効であるところ,解雇理由が,的確な裏付け証拠があるとは認められないCが他の従業員を退職させたという事実や,Dに顕著な実害が生じたとみることはできない他の従業員のパソコン使用という事実であること等に鑑みれば,法律上正当とは認められない形式的な理由によりCをDから排除しようとしたものと認められ,上記解雇は,男女雇用機会均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに当たり,不利益の内容や違法性の程度等に照らし,不法行為が成立する, とされ,民法709条及び715条に基づき,DはCに対し,パート契約を締結したことにより得られなかった期間の事務統括手当月額1万円の合計額17万円及び慰謝料50万円の賠償責任があるとされました。

 
* 2つの判例を比べると,労働者側に真摯な情報提供をした上での契約変更であったか,労働者側の個別の事情として無期契約から有期契約に変更せざるを得ない合理的事情があったか,その有期契約について雇止めされることに合理的理由があったかにより,結論が分かれたことが認められます。育休明けでも契約変更や雇止めが認められる場合があることは上述しましたが,合理的理由の存否については,慎重な判断が必要と

言えます。

 
* 厚労省の通達では,

妊娠・出産・育休等の事由を「契機として」 不利益取扱いが行われた場合,原則,妊娠・出産・育休等を「理由として」 不利益取扱いがなされたと解され,違法とされます。「契機として」いるかは,基本的に,妊娠・出産・育休等の事由と時間的に近接しているかで判断,具体的には,原則として,妊娠・出産・育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合「契機として」いると判断するとしています。また,事由の終了から1年を超えている場合でも,実施時期が事前に決まっている又はある程度定期的になされる人事異動,人事考課,雇止めなどについては,事由の終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」 いると判断するとされています。

このように育休明けの雇止めはハードルが高いのは事実ですが,育休を契機としていないことが積極的に立証できれば,雇止めは可能ということになります。そして,妊娠・出産・育休等を「契機として」いても,違法ではないとされる「例外」が2つあるとされています。

例外の1つ目は,『業務上の必要性』があり,業務上の必要性が当該不利益取扱いにより受ける影響を上回ると認められる特段の事情が存在するときとされ,具体的には,(1) 経営状況(業績悪化等)を理由とする場合 (2) 本人の能力不足・成績不良・態度不良等を理由とする場合(ただし,能力不足等は,妊娠・出産に起因する症状によって労務提供できないことや労働能率の低下等でないこと)が判断材料になるとされています。

例外の2つ目は,『労働者が同意』している場合で,有利な影響が不利な影響の内容・程度を上回り,事業主から適切に説明がなされる等,一般的な労働者なら同意するような合理的な理由が客観的に存在するときとされています。

 
厚労省通達を踏まえた実務上の運用を行っていく際には,上記の裁判例で示された具体的事案等を参考にご対応いただくと,法的リスクを軽減できるかと思います。

 

(文責)弁護士 池田 千絵

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