1 はじめに
平成 25 年4月1日に導入された無期転換申込権(労働契約法(以下、「法」という。)18条)の発生・行使を機に、近年、有期労働契約者の雇止めとの関係で、契約を更新しない旨を定める条項(不更新条項)や更新年数・回数の上限を定める条項(更新限度条項。以下、不更新条項と更新限度条項を併せて「不更新条項等」という。)の有効性を巡る争いが注目を集めています。そこで、本稿では、裁判例を切り口に、契約実務における不更新条項等の取り扱い方を考察したいと思います。
2 前提
(1)労働契約法19条2号について
契約更新に対する合理的期待を有する有期契約労働者が、契約期間満了日までに更新の申込みをした場合、使用者がその申込みを拒絶することが、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」は、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなされ、労働契約が従前と同一の条件で更新されます(法19条2号)。
(2)不更新条項等の法的意義について
不更新条項等の法的意義については、①不更新条項等に対する同意が契約更新に対する合理的期待の放棄・消滅と捉える見解、②契約更新に対する合理的期待の有無を判断する際の一要素に過ぎないと捉える見解、③公序良俗(民法90条)違反の問題として捉える見解など、種々の議論があります。
3 日本通運事件(東京地裁令和2年10月1日・労判1236号16頁)
(1)事案の概要
本事件は、5年10か月にわたって契約が7回更新されてきた有期契約について、4回目の更新時(雇用から3年1か月経過時)にはじめて挿入された不更新条項等に基づく雇止めを受けた労働者(以下「本件労働者」という。)が、法19条2号等の要件を満たしており、雇止めについて客観的合理的な理由も社会通念上相当性もないため、従前の労働契約の内容で契約が更新されたと主張して、使用者である会社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び雇止め以降の労働契約に基づく賃金の支払い等を請求した事案です。
(2)判旨
裁判所は、途中の契約更新から挿入された不更新条項等について、「いったん労働者が雇用継続への合理的期待を抱いたにもかかわらず、当該有期労働契約期間満了前に使用者が更新年数の上限を一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解される。」とした上で、「本件においては、不更新条項等に対する同意の効果として、契約書作成時点で原告が雇用継続の合理的期待を抱いていたとしても、原告がこれを放棄したことになるのではないか問題となる。」と判断の対象を設定しました。
その上で、裁判所は、当事者が従前より契約関係にあり、不更新条項等に対する同意が更新の条件となっている場合には、「労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係を終了させるか,署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるかの二者択一を迫られるため,労働者が不更新条項を含む契約書に署名押印する行為は,労働者の自由な意思に基づくものか一般的に疑問があり,契約更新時において労働者が置かれた前記の状況を考慮すれば,不更新条項等を含む契約書に署名押印する行為があることをもって,直ちに不更新条項等に対する承諾があり,合理的期待の放棄がされたと認めるべきではない。」などと、不更新条項等に対する労働者の同意を直ちに合理的期待の放棄と捉えることには慎重な姿勢を示しつつ、「労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限り(最高裁平成28年2月19日判決、山梨県民信用組合事件参照)、労働者により更新に対する合理的な期待の放棄がされたと認めるべきである」との判断基準を示しました。
そして、本事件では、使用者が、労働者に対し、契約更新時に不更新条項等に関する法的効果などの説明をしていないこと、更新後に本件労働者が管理職に対して異議を留めるメールを送っていること等の事情を考慮し、労働者が合理的期待を放棄したとは認めませんでした。
もっとも、裁判所は、当該不更新条項等を全く無意味なものとしたわけではなく、「原告の雇用継続の期待の合理性を判断するための事情の一つ」と位置づけた上、6回目の更新前に事業所が廃止され、本件労働者の担当業務がなくなったという事情や、次期契約期間満了後の雇用継続がないことについて、複数回にわたる説明等が行われていたという事情を重視し、結果的に雇止めを有効と判断しました。
(3)雑感
本判決は、諸説あるところですが、不更新条項等に対する同意の法的意義として、契約更新に対する合理的期待の消滅(放棄)を合意原則に従って処理したものと評価できます(上記①説参照)。また、合理的期待の放棄とまで認められない場合であっても、不更新条項等の存在が合理的期待を否定する事情の一つであると不更新条項等を位置づけている点も特徴的です。
なお、本事件と異なり、不更新条項等が、当初契約時から明示的に定められている場合には、「通常は、まだ更新に対する合理的期待が形成される以前であり、労働者において、労働者が契約するかどうかの自由意思を阻害するような事情はない」などと判示した裁
判例があります(日本通運事件・令和3年3月30日・労判1255号76頁)。但し、同裁判例は、当初契約時に不更新条項等が存在する場合であっても、その後の契約の履行過程において、雇用継続の合理的期待がまったく発生しないとはいえず、当該不更新条項等は、契約期間満了時に契約更新の合理的期待の有無を判断する際の要素の1つとなるにすぎないとの前提に立っていると思われる点には留意が必要です。
同裁判例は、不更新条項等に対する無期転換逃れの主張についても、「5年到来の直前に、有期契約労働者を使用する経営理念を示さないまま、次期更新時で雇止めをするような、無期転換阻止のみを狙ったものとしかいい難い不自然な態様で行われる雇止めが行われた場合であれば格別、有期雇用の管理に関し,労働協約には至らずとも労使協議を経た一定の社内ルールを定めて,これに従って契約締結当初より5年を超えないことを契約条件としている本件雇用契約について,労働契約法18条の潜脱に当たるとはいえない。」などとして、不更新条項等が公序良俗(民法90条)に反し無効とはいえないとの判断を示している点でも注目すべきものといえます(上記③説参照)。
4 最後に
以上の裁判例を見ると、現時点で裁判所が不更新条項等について統一的な法的見解を採用しているとまではいえないようですが、少なくとも不更新条項等は、無期転換逃れであることが明確な場合に無効となること、また、有効な場合でも直ちに契約更新に対する期待を排斥するものではなく、雇止めの有効性を判断する一事情となるにすぎない、つまり「万能ではない」、と考えておく必要があると思われます。
したがって、今後有期労働契約を締結する場合は、不更新条項等さえあれば大丈夫、という考え方は好ましくなく、当初契約時から不更新条項等を明記する場合も、途中から挿入する場合も、不更新条項等を導入する趣旨、不更新条項等の法的効果などについて丁寧な説明を行い、労働者の理解を得ることが極めて重要となります。
加えて、更新毎に契約書を作成する等更新手続きを形骸化させないこと、不更新条項等に従った契約更新の運用を厳格に実施すること(例外事例を作らないこと)、過度に更新を期待させる言動を避けること、など更新に対する期待を発生させないための一般的な対策も十分に講じることが実務上大切です。
(文責 弁護士 永盛勇騎)